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【飛龍伝説】截拳道(ジークンドー)の創始者『ブルース・リー(李小龍)』の龍の名に恥じぬその生涯とは・・・!?(画像・動画あり) | 帰ってきたブログマンBTT

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タグ: ブルース・リー  海外の情報  中国  英雄  人生  知識  カンフー  
2016年05月03日 18:28

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カテゴリ:
【飛龍伝説】截拳道(ジークンドー)の創始者『ブルース・リー(李小龍)』の龍の名に恥じぬその生涯とは・・・!?(画像・動画あり)

ブルース・リー(李小龍)についてちょっとだけ。

截拳道(ジークンドー)を創始したマーシャルアーティスト「ブルース・リー(李小龍)」の生涯を画像付きで解説してみようと思う訳ですよ。

日本では北斗の拳のケンシロウのモデルになった人物として知られるブルース・リー(李小龍)ですが、ジークンドー使い手で映画俳優だったことくらいしか知らないような気もするんですよね。特に若い頃のブルース・リーを知っている人って割と少ないのでは…!?

という訳で─。
今回はブルース・リー(李小龍)というヒーローの孤独、飽く無き向上心、そして、限界への挑戦─。最終的に人間の限界を超えてしまった半ば伝説と化したヒーローの常人離れなその生涯を画像と解説付きでお届けしたいと思います。

伝説となった英雄の人生に触れてみませんか。そう、これがヒーローです。 By 帰ってきたブログマン


※注)この記事は「あゆーにゃ」という既に閉鎖したブログで2012/08/18から閉鎖するその瞬間まで公開され続けた記事だったりします。帰ってきたブログマンっぽく記事をリメイクして再度投稿してみました。いわゆるサルベージってヤツです。三年以上前の記事になるのですね。

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截拳道(ジークンドー)の創始者『ブルース・リー(李小龍)』の生涯とは


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ブルース・リーはアメリカで生まれた中国人。彼の静脈にはドイツの血が流れているらしい。その証拠としてブルースの祖父はドイツ語も話せたという。ブルース・リーの家族は「ブルース」とは呼ばれていない。なぜなら本名ではないからだ。本名は李振藩。彼の両親はブルース・リーのことを「サイフォン」や「リトルフェニックス」と呼んでいたらしい。




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彼はアメリカ生まれであるが育ったのは香港である。青年期は非行行為が多く、ギャングとして活動していた。悪行が災いして学校から追い出されてしまったらしい。彼の非行はそれでは止まらなかった。




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伝説によるとブルース・リーは一度だけ戦いに負けたと言われている。それは彼が13歳の時のことで、相手は伝説的な詠春拳のマスター「イップ・マン」。そのイップ・マンに詠春拳の指南を受けたと言われている。だが、ブルースは純血の中国人ではない。他の生徒達と一緒に学ぶのが困難だったブルースにプライベートでレッスンを行っていたという。このお話は真実を裏付けるものが少なく、ブルースとイップの友情の物語であるかどうかはわかっていない。あくまで伝説上のお話。




ブルース・リーの非行行為は留まることを知らず、かなり手に負えない状態になっていた。警察も彼の悪行に我慢の限界がきていたようだ。そのため両親は彼を国外に移住させることを決意する。彼はサンフランシスコのチャイナタウンに移住することになり、そこでダンスの学校に通っていたようだ。その後、彼は哲学を学ぶためにワシントンに移住している。




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ワシントンで彼は未来の妻「リンダ・エメリー」と出会う。その影響なのか彼はカンフーの学校をワシントンにオープンした。他のアーティストはブルースという男性が若い指導者であることをニュースで知り、彼への憤りを隠せなかった。

巨匠の一人と決闘をすることになったのだ。彼は挑戦する道を選んだ。ブルースはその戦いに見事勝利したという。だが、その決闘の方法に不満を感じたブルースは学校の方針を少し改善することにした。アメリカで新たな格闘技の発展に焦点を当てて、今となっては誰もが知っているあの「ジークンドー」を創設したのだ。ブルースはアメリカで初のカンフーの教師となった。




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彼は更なる夢と挑戦を胸に抱き、俳優の道を志すことになる。彼はテレビシリーズ「グリーンホーネット」の採用試験に挑戦し見事採用される。彼は脇役であったが彼の演技は多くの人の心魅了し大勢のファンを得ることに成功したのだ。彼はスターへの道を歩み出した。




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カンフーの新シリーズを上映するためワーナー・ブラザーズと対談する。ブルースはこの提案に非常に熱心に対応し、彼もその映画に対して素晴らしいアイデアを提案した。そのアイデアは映画に多く採用されたようだ。 このように「グリーンホーネット」というテレビ番組は、ブルースのスターとして成り上がっていくきっかけとなっている。香港インチシリアルは即座に大ヒットとなり、更には助演男優賞を獲得。一気にスーパースターの地位へと駆け上っていった。




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打撃をよりダイナミックに撮ることは撮影をする上で非常に大事なこと。決闘シーンの映像を加速することで迫力を演出することができる。だが、ブルース・リーの場合はそうではなかった。彼の演出無しの本気の打撃は、俳優では見切ることは不可能。毎秒24フレーム標準のテープを再生することに必死であった。これは毎秒32フレームでそのような場面を撮影する必要があったからである。スローモーションで彼の拳の速さを知ることができるだろう。




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1970年にブルース・リーは練習中に怪我をしてしまい、深刻な腰痛に苦しむことになる。医師はこのまま続けるのであれば、今までの生活すらもままならなくなることを彼に宣告した。その怪我は医師の言う通り重傷であり、6ヶ月間も動くことができなくなってしまった。その気晴らしにかブルースは執筆を始めた。その中にあったのは、戦いの中で生み出された彼ならではの哲学。だが、ブルースは体調がよくなってきたとわかった途端、すぐにトレーニングを再開した。彼の頭には格闘技しかなかったのか…。その後の頑張りもあり、2年間でブルース・リーは4つの映画に出演し、絶望的なピンチを免れた。




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伝説ではブルース・リーは毎日欠かさず肉体とジークンドーの訓練に専念していたという。その結果芸術的なハイキックを繰り出すことに成功している。




bruce lee vs. chuck norris


Bruce Lee- Ping Pong (Full Version)



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ブルース・リーの死は突然訪れた。その死は現在でも謎に包まれたままである。「燃えよドラゴン」での収録中に突然倒れ、病院に運ばれた。診断の結果、「脳浮腫」と診断された。だが、予想に反してすぐに病状が消失してしまい、何もなかったかのように俳優の仕事に戻ってしまった。当然ながらすぐに頭痛を訴え、ブルースは眠りに落ちるように倒れてしまった。ブルースは念のために鎮痛剤をうった。鎮痛剤の影響かは謎であるが、彼はその後二度と目を覚ますことはなかった。ブルース・リーの死は、彼のカンフーへの想いの強さを証明するものであったといえる。




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ブルース・リーの長男として生まれたブランドン・リーは、幼い頃より父にマーシャル・アーツの指南を受けた。父の死後、ロサンゼルスへ移住しエマーソン大学在学中に演技に楽しみを覚え俳優を道を志すことになる。「クロウ 飛翔伝説」の収録中に銃撃されるシーンで空砲の火薬が爆発した際に銃身内の弾頭が発射されてしまい、それが腹部に当たり事故死した。




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ブルース・リーは無情な映画俳優の犠牲者だったのだろうか。彼の名声と活躍は伝説となった。それはすべてブルース・リーと名乗った一人の男性が登場したことによって始まった悲しくて儚い「死のゲーム」。「燃えよドラゴン」の撮影中に実際に着ていた服を着てブルース・リーは埋葬された。

もう誰にも彼を超えることはできない─。




( *`ω´) <ブルース・リーって格好良いけど、幸せだったのでしょうか。

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リーさまには、本当にはまりました(笑)イベントで奥様と娘さんに、会えた事は、いい思い出です♪ヽ(´▽`)/
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